暖冬に送る小品 - Differnt point of view
まるで待ち構えていたかのように前触れもなく、濃密な花の香りが僕を静かに包んだ。それはまるで、爽やかな女性が柔らかな香りを残して立ち去った後のようだった。季節外れの甘い香りに驚いた僕は、視野の片隅に感じていた違和感の方へと、視線を向けた。
「もう花が咲いてるな。今年は暖かいな」
僕と並んで歩く男が、白い花に目を向けながら言った。
街を出る僕を駅まで送ると言う彼は、頼みもしないのに僕の隣を歩いている。
僕はもう二度と来ることのない街の風景を記憶に焼き付けようと、ゆっくりと歩みを進めていた。
本当はもっとゆっくりと、景色を味わうようにして歩きたかったのだが、傍らの男は妙に早足だった。
よっぽど僕が街を出るのを、早く見届けたいのだろうか。
そう訝しむ僕の視野で、淡い桃色が閃いた。
「これは、桜か、ひょっとして」
「梅じゃないか」
「いや梅には見えないな。寒桜って奴か」
「やっぱり、今年は暖かいな。ちょっとおかしいよな。この暖かさは」
「アツアツの奴が、おるからやろ」
薄い桃色の花を見上げながら歩く彼の背中に向かって、僕は早口に言った。
振り向いた彼は、まるで天子が描いたかのような幸せを表情に浮かべていた。
「惚気やがって」
僕は心の中でだけ、そう言った。
「悪いな」
「気にすんな」
彼の同情を装った言葉に対して、僕は彼の顔を見ずに、早口で答えた。
「本当に、気にしちゃいないのか」
「ああ。気にしちゃいないよ」
僕が僕の口からそう言っているのだから、その言葉に嘘はないのだが、どうやら彼には信じ難いらしい。
駅に向かう細い路地を入った所で、今度は紅梅が僕を出迎えてくれた。
どうやら、街中の木々や花々が僕を見送るために、予定を早めて咲き始めたらしい。
「また咲いてるな。梅が咲くのは、もう少し遅かったんじゃないのか」
民家の軒先から突き出た枝で咲く紅い梅を見上げながら、傍らの男が溜息を漏らした。
「やっぱり、今年は暖かすぎるよな。おかしいよな」
僕は小さく溜息を吐いた。
「アツアツの奴が、おるからやろ」
同じ事を何度も言わせるなと思いながら、僕は彼の顎に向かって言ってやった。
再び、彼は至福に満ちた笑顔を僕に向けた。
よっぽど嬉しいのだろうか。
「でも、今年は暖かすぎるよ」
「まぁな。でも、暖かかったらいいじゃないか。寒いよりは」
「いや、まぁ、そうやけど。この暖かさは異常だよ」
僕は再び小さな溜息を漏らした。
「まぁ、異常かも知れないけど、そうじゃないかも知れないやろ。気象がおかしな方向に傾いていると、人は思いがちだけど、ひょっとしたら大気の長周期的な波動かも知れない。おかしい、おかしい、という目でばかり見ていたら、良くないんじゃないのか」
「そうなんかもな」
「暖かい冬に空恐ろしさを感じる人がいれば、暖かくて嬉しいと、素直に喜ぶ人もいる。早く咲いた花を見て綺麗だと言う人もいれば、異常気象のせいだと不安に感じる人もいる。どんな物事でも、心の持ちようで違った見方ができるんじゃないかな」
「ふーん」
傍らの男は、公園で咲く木瓜の赤い花に目を向けていた。
「じゃぁ、街を出るお前にも、次の街では幸せが巡ってくるかも知れない、ってことなのか。それは」
男の口調には、微かに勝者の余裕のような物が漂っていた。
「おれはいつでも幸せだよ」
彼の余裕に不快感を覚えながら、僕はムキになって答えた。
次の角を曲がると、駅はすぐそこだ。
角を曲がる手前の駐車場で、僕は早咲きのタンポポを見つけた。でも彼には、その存在を教えなかった。
同じ言葉のやり取りには、もう辟易していた。
「じゃあな」
窓口で切符を買った僕は、彼にちょっとだけ振り向いて言った。
「次の街では、幸せになれよ」
男は「次の街」をやけに強調して、見送りの言葉をくれた。
僕が改札をくぐった事を確認した彼は、半ば駆け出しそうな調子で、駅の出口に向かって歩いていった。
彼の背中を見送りながら、僕は彼に何度となく説明した言葉を、思い出していた。
しかし何度説明しても、彼は信じようとはしなかった。
「お前は、勘違いしているんだぞ」
おまえのいい人が僕に色目を遣っていたのには、僕も気付いていたけど、僕は指一本、お前の大事な人の体には、触れちゃいないんだ。
「俺にはな、そっちの趣味はないんだよ」
お後が宜しいようで。
追記:
このオチ、も一つかな?
花の写真がもったいないなぁ(じゃぁ、別のオチを考えつけよ、と一人ツッコミ、笑)。














2 comments:
このオチは読めませんでした。面白いです。
終盤までダラダラと話を続けておいて、最後の一行で読者をハッとさせるわけですね。構成がイイと思いました :)
@aka さん、どもでーす。
楽しんで(?)貰えたみたいで、嬉しいです。 =)
このオチ、satomi さんのこの投稿を読んで「今回はこのパターンでいこう」と確信犯で書かせてもらいました(笑)。
ちょっと、オチに至るまでが長かったかなぁ…。
さてさて、「そっちの趣味」とは、一体どちらに思えたでしょう?
私としては、「僕」は「ヘテロ」であって欲しいのですが…(笑)。
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